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レイコさんの鹿児島スケッチ

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by レイコ

田舎のお盆行事(アーカイブ)

ゆうべは兄夫婦と姪たちがお盆のおまいりに来てくれたので、
お盆料理でもてなしました。県外の大学院に通う甥は帰って
来ていないよう。大抵はお正月に年1回、会うくらいですね。

昔は田舎で何十人ものおもてなしをしていたので、それに
比べると、お盆の過ごし方も、様変わりしました。

昔のお盆行事のことを書いたものがありましたので、再掲してみますね。

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わが家は父の実家がある鹿児島の南端、指宿市(旧山川町)でお盆は
迎えていたので、小さいころから、お盆は遊びに行くものではなく、
お客様を接待しなければならない、かなりハードな仏教行事として
インプットされていた気がします。

8月12日から8月16日までの5日間が、お盆行事として、田舎で費やす期間。

12日 大量の食材と大量のお花を買い込み、田舎に出発。観光地にあるので、
とにかく、早朝出発しないと、恐ろしく時間がかかるので、あたふたします。

到着後、掃除して、盆棚作り。大量の灯篭や提灯を使えるように点検して
電池など入れ替えて、ずらりと並べ、盆棚に持参してきたお位牌やお供え、
お花などで飾り、おまいりができるようにします。

お墓のお花も大量に備えます。田舎の家の周辺はおそろしい量の生花を飾るので、
その額はすぐに1万円近くかかっていました。両手で抱えきれない量のお花を
飾るので、これが本当に大変な難作業です。

福岡で仕事をしているときに、お墓のお花の写真を編集部のスタッフに見せたら
仰天していました。鹿児島が生花の消費量が日本一というのも、こういう地域が
あるからだと納得の消費量です。

その一方で、お盆料理作りもスタート。

13日 早い方は朝から来られるので、接待。お茶、お菓子、お漬物が必ずセットです。
初盆だと、手土産も用意しておき、おまいりにいらした方に手渡します。
干菓子とか、ジュースとか、お砂糖とか田舎での決まりごとがありました。
とにかく、親戚だけでなく、町内の方すべてが来るんじゃないかというくらい見えるので、
近い親族ではない方たちが包んでくださる金銭はそう高くはなく、手土産がお返しとなるようです。

初盆の時は提灯や灯篭を贈っていただくので、その数も半端なく、縁側に洗濯物のように
つるされます。

お墓には櫓のようなものを竹で組み、夕方、提灯をたくさんつるします。
これが迎え火と同じ役割らしく、田舎では迎え火は焚いていませんでした。
すべてのお墓に提灯がともされるので、ものすごく明るいし、遠方からの帰省客もたくさん
集まるので、一大社交場。「○○ちゃんの子供だよね?」と、相手の方の方がこちらを
よく知っているのに、いつも驚いていて、相手の方がだれだかさっぱりわからないまま、
田舎の言葉もさっぱりわからず、いつもヘラヘラするばかりでした。

そんなこんなですが、お墓でゆっくりしている暇はなく、たくさんのお客さんのための
料理作りに追われ、お墓まいりから帰ってきたときには食事ができるように母とふたりで
右往左往。

田舎のお盆料理はほとんど決まっていて、
①煮しめ
②がね
③きゅうり、わかめ、春雨の酢の物
④さしみこんにゃく
⑤ところてん
⑥そうめんの汁
⑦あずきだんご
⑧おにぎり

といったところですが、何しろ何十人分もの料理の準備を母とふたりだけでしなければ
ならないので、それは重労働。

従弟が「レイコねえちゃんって、ずーっと働いていたよね。座っているところを見た
ことがなかった」と言うくらい、立ちっぱなし。動きっぱなし。

何しろ、母は料理を出してしまうと、座り込んで親戚の方たちと話をするだけで、
私は大量の食器を洗って、拭いて、片づけて…と、ひとりでやっていたので、
座ることなんてできなかったのでした。

そして、食べられない。「お客さまの分が足りなくなるかもしれないから、食べるな」と
いうのも母から厳しく言われ、お盆や正月料理も自分の口に入ることはなかったのでした。

今、思い出しても、もんくひとつ言うことなく、よく働いていたものです(笑)

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by kago-fp | 2015-08-15 06:09 | かごしまのモノ・コトろぐ | Trackback